グリーンズ編『ソーシャルデザイン〜社会をつくるグッドアイデア集』

 去年だったか、どこかの大学の理工系学部にソーシャルデザイン学科かコースがあると聞いた時、「なんだそりゃ」と思ったものだ。それは「建築学分野、都市システム工学分野、エネルギー・環境工学分野」と分かれているという。苦労をしている大学人には悪いが、呼び方を変えれば中身が変わるのか、学生を集めるためには何でもありか、と呆れた。

 その言葉が本になって売れているというので、読んでみた。

 読んでみて分かったかというと、正直、良く分からない。編者は「社会的な問題の解決と同時に、新たな価値を創出する画期的な仕組みをつくること」がソーシャルデザインだと言い、ナイチンゲールと近代看護の確立をその端的な例としてあげている。

 そうか、そういうことか、ファッショナブルなデザインとかITとかじゃなくて、大きな社会システムの提案と実現なんだな。むかし労働組合生活協同組合、いや、議会制民主主義そものものがデザインされたように、今、どんなものが構想されているのだろう。そんな大きな物語は歴史の彼方に葬り去られたのかと思っていたのに「凄いじゃないか」と期待しつつ読んでいくのだが、そういうものは出てこない。

 じゃあ、どんなものがソーシャルデザインなんだろう。
 最初の例は、おばあちゃんを指名してカスタムメイドするニットブランド「ゴールデン・フック。編み物の技術と時間をもてあましているおばあちゃんと、私のための唯一のものを求める消費者を結ぶビジネス。
 これは確かにいい話だと思う。「作り手は無理のないスキルでお金を稼ぐことができ、買い手はおしゃれな手編み商品を手に入れることができる」。しかも、「ありがとうのメッセージが世界中から届き、私は誰かに必要とされているんだ」という生きがいを感じることができるという。
 ただ、これは農家の直売、産直なんかもずっと実践してきたことだ。それを「おしゃれな」と「WEB」をうまく使って今風にしているから、ソーシャルデザインの本の巻頭を飾るのだろうか。すこし解せない点もあるが、始まりは快調だ。

 だけど、読み進んでいくうちに、疑問も生じてくる。
 たとえば、カルマ・カップスターバックスが紙コップの廃棄量を抑えるために行ったアイデアコンペで提案されたもので、店頭に黒板をおきマイカップを使った人がいたらチェックして、その数が10とか20といった切り番になったら、その人の飲み物代がタダになるというものだ。
 確かにスーパーのレジでビニール袋を5円で買うのは暗い。マイバックを持っていったらポイントをつけてくれるというのも、囲い込まれているようでイヤな感じだ。カルマ・カップはその点、明るくて楽しい。
 だけど、陶器製コップを洗って再使用するのではなく、カミコップを前提に、ちょっと環境への配慮を示してみせることが、「新たな価値を創出する画期的な仕組み」なんだろうか。

 この本に上げられている例には、こんな風に、確かに楽しいけれど、一歩引いてみると問題解決からはほど遠いと思えるものもある。それを言ったらナイチンゲールだって、戦病死の根源である戦争に文句を言ったわけではないから、堅いことを言いっこナシか?。

 小さな、ちょっとした工夫や活動に、明るさや楽しさをもたらしてくれるデザイン。そういうことをやってみたい、そして多くの人の共感を得たいという流れ、それを受け止めて一緒に楽しんでしまおうという流れが生まれているのだとしたら、「それって新しい」「おもしろい」と感じると同時に、「いつまで続くのかな」と危うさを感じてしまった。


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