『まちづくり:デッドライン』(木下 斉、広瀬郁)
木下さんの本が出たので読んでみた。
やや独断で、超簡潔に要点をまとめれば、街が甦るためには「不動産オーナーが謙虚で、商売ができる程度まで家賃等を下げてくれる場所に、新参者が出店できることが大事」「それは路地裏などの場合が多い」。そして、ネットや郊外のSCと競合しない「製造販売が一体のビジネス」に将来性がある。ただし「初期投資は抑えなければならない」ということだ。
これなら潜在力のあるところなら、自然に再生が進むはずなのだが、どういうわけか、そうはならないことが多いという。別に家賃収入なんかなくても困っていないし、へんな連中に貸して近所迷惑になるのも困る、といった地主・家主さんの心理が大きな障害となっていることもあるようだ。
この固着した状況を打破するには、賛同してくれる不動産オーナーを捜し出し、やる気と技術のある新規出店者を結びつけ、場合によれば建物のリノベーション、コンバージョンをしかけるような「まちづくりの中核部隊」「まち会社」が必要だと木下さんはいう。
もちろん、一番大事なのは街自身に治癒力があるかどうかだろう。
こういう街の再生物語で有名な熊本上乃裏通りの場合、サンワ工務店の山野さんが、古い建物のオーナーを説得し、改修して開業希望者に貸すと同時に、いかに安く開業するかも指導しているという。
この十数年で80件を超える改修を手がけられたというが、なぜ、そんなに続いてきたかと言えば、関係者がちょっとずつ儲かる仕組みになっているからだ。
・建物のオーナーは生活できる程度の家賃収入は得られる。(あるいは解体して駐車場にするより利益が出る)
・開業希望者は安く借りられ、山野さんから経営のイロハを教えてもらったり、古道具をもらったりし、開業資金も抑えられる。
・山野さんの会社は、改修で適正な利益を得る。
・お客さんは他にはないものを楽しむことができる。
こういう仕組みがまわることが分かったので、追随者もあらわれ、今では200〜300のお店が並ぶエリアになっているようだ。
まちづくりの成功例と言いたいところだが、山野さんはまちづくりと言われることを嫌う。古い建物を残したいからやったこと。「「まちを変えてやろう」とか、「こんなまちにしてやろう」と思ったことは一度もありません」という(https://www.machigenki.jp/content/view/1509/441/)。
まちづくりの司令塔がなくても街全体が変わってきたのは、WIN-WINの関係が自らの複製をつくりだすように自成的に広がっているからだろう。
一方、先日都市環境デザインセミナーでお話を聞いた奈良の夢CUBEは、まちづくり会社が取り組んでいる例だ。
パチンコ店の跡地を買い取り、数坪の小さなお店をいっぱいつくって、開業志望の人たちに貸し出している。坪単価は回りのお店と大きくは変わらないのだそうだが、小さいから手軽に借りられる。また経営指導にも力を入れているそうだ。
感心したのは夢CUBEの目のまえに夢長屋という同様の施設を地主さんが開設したこと。
4階建てのビルを解体し、新しくビルを建てるのではなく、平屋の小店舗群をつくって貸し出している。幸い、順調にテナントが入っていた。
昔は、「大きなビルを建てて家賃を稼ぎたい人=ビルを建てて稼ぎたい工務店=家賃が高くても一層大きな売上をあげたいテナント=大量生産のモノを買いたい消費者」でWIN-WINの関係が成り立っていた。
いま、そういう図式が成り立たなくなったところで、WIN-WINの新たな可能性を見いだせる街しか生き残れないのかもしれない。
それにしても、日本の建築法規は新築ばかり優遇し、既存ストックを「使う」ことを考えていない。木下さんも指摘されているが、これをなんとか変えていかないと、再生の芽が出てこないの街も多いのではないだろうか。
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