関満博さん『「農」と「食」のフロンティア〜中山間地域から元気を学ぶ』脱稿(2)

なぜ、人が輝くのか

 関さんは産業の専門家だった。山間地域に通い詰めるようになる前は、各地の産業を尋ね歩いていた。



 「特に90年代末の頃には、いずれの工業集積地域も疲弊していることに胸が痛んだ。モノづくりの「現場」の人びとは疲労感を深く漂わせていたのであった。
 他方、時折通りすがる山深い中山間地域の「農産物直売所」では、年配の女性たちが輝いていることを不思議に思っていた。そして、2000年の夏、日本のチベットとされていた岩手県北上山中の川井村(現宮古市)で初めて「農産物加工場」といわれるものに訪れる機会があった。それは衝撃であった。一見、普通の食品加工工場に見えたその中で、年配の女性たちが活き活きと輝いていたのであった。疲弊しているはずの中山間地域の片隅で、何かが起っていることを知る。以来10年、中山間地域を訪ね歩く日々を重ねていくことになる。

物をつくることの確かさ

 中山間地で、なぜ人が輝くのか?。その答は本書をお読みいただき、自ら考えて頂きたいが、僕が感じたのは、第一に確たる物を作っていることの強さだ。
 マネーゲームや出世ゲームの世界で、確たる手応えを常に持てるのだろうか。僕自身、いざとなれば本を作って売ることまで、細々ではあっても、たっても一人でできる、やってみせると思わなければ根無し草になってしまうように感じる。実際、そうなっている出版人を知っている。その点、農業には本当の強さがあると思う。


 だから合理化や市場化を連想させる集落営農や法人化においても、本書に紹介されている例では、力仕事が困難になったお年寄りも含め、働く機会を奪わない。土地を貸して楽々というような生活をよしとしていない。
 たとえば農事組合法人おくがの村では草刈り、水の管理のような軽微な作業は組合員自身が行う。「高齢者を農業から排除しない」を原則にしている。「年寄りが何もすることがなければ、ダメになる。村にいて仕事をしてもらわんと、法人だけでは村は維持できない」と代表理事の糸賀氏が言っているという。

消費者の笑顔とお金が返ってくる

 小さくても確実に成果が返ってくるという確かさだ。
 農村女性にとって、その成果の第一は預金通帳だという。なぜなら実質的に農業を担っているのが女性であっても、農協とのつき合いでは組合員である夫の口座に振り込まれてしまっていた。働いても働いても農業では自分のお金が持てなかった彼女たちが、直売所で初めて自分たちが育てた農作物が自分たちのお金に変わるという体験をした。
 「女性は弾けたように「人生で、こんなに嬉しかったことはなかった」と語るであろう。この喜びは実に大きなものであった。彼女たちは「勇気」づけられていく」と関さんは言う。


 そして直売所の場合、レジにたった女性たちは、そこではじめて消費者から直接意見を聞くことができた。「そして、彼女たちは消費者の意見をくみ取り、多くの工夫を加えていったのであった」。
 これは良く分かる。いや、羨ましいと言うべきか。
 本作りにおいても読者の顔が見え、声が聞こえたとき、めげそうな気持ちがシャンとする。努力の成果が誰かに喜んで貰えると確信できたとき、疲れは吹き飛ぶ。

産業化と自立

 三点セットをはじめ、紹介されているすべての事例に共通しているのは、産業化と密接に結びついた自立だ。
 なにも大きく儲けようという訳ではない。大量生産、大量消費とは無縁の身の丈にあった小さなビジネスなのだが、地域資源を見直し、地域の仲間たちとともに、自主、自立と連帯を求め、生産者の思いを込めた商品を作り出し、売っていく過程は、生きる価値につながっている。


 「地域に対する「愛情」の深さが、これほどの取り組みをさせているのかもしれない。都会の人びとが利便性の代償に失ってしまった大切なものが、中山間地域に暮らす人びとのこころの中に深く根付いている」と関さんは指摘している。

中山間地域から元気を学ぶ

 もちろん中山間地域のおかれた状況は、出版不況下の出版社などとは比べ物にならない厳しさがあるだろう。出版業界など、かなりぬるま湯的な状況にあって、過去の成功体験を忘れられない主流に、何かを期待しようという気持ちにはなれない。
 しかし、大量生産、大量消費の夢、無限の成長という夢に浸っていたい気持ちも痛いほどに分かる。夢から覚めることがどれほど恐いか。


 中山間地域が生み出した21世紀型のモデルは、僕たちに夢から目覚める勇気と、新たな希望を与えてくれるのではないか。この原稿は、そんな本にできそうだ。



 「新たな「うねり」は「辺境」から始まるとされている。まさに中山間地域に反発のエネルギーが蓄積され、それがいま大きく解き放たれようとしている。その同時代に生きる者として、その「感動」を共有し、広くその意味を伝えていかなくてはならない。私たちは、まことに興味深い時代に生きているのである」。


(おわり)


関満博さんの本
 とてもたくさん書かれているので、僕が読んだ本を紹介しよう。


関満博、松永桂子編『農産物直売所/それは地域との「出会いの場」』(2010、248ページ、2625円、新評論


関満博著『「農」と「食」の農商工連携-中山間地域の先端モデル・岩手県の現場から』(2009、292ページ、3675円、新評論


関満博編『「エコタウン」が地域ブランドになる時代』(2009年、248ページ、2625円、新評論


関満博、松永桂子編『農商工連携の地域ブランド戦略』(2009、243ページ、2625円、新評論


関満博、古川一郎編『「B級グルメ」の地域ブランド戦略』(2008、224ページ、2625円、新評論


関満博、古川一郎著『中小都市の「B級グルメ」戦略―新たな価値の創造に挑む10地域』(2008、261ページ、2625円、新評論


関満博、遠山浩編『「食」の地域ブランド戦略』(2007、236ページ、2730円、新評論


関満博、足利亮太郎編『「村」が地域ブランドになる時代―個性を生かした10か村の取り組みから』(2007、237ページ、2730円、新評論


関満博著『現場主義の知的生産法 (ちくま新書)』(2002、221ページ、735円、筑摩書房