波頭亮『成熟日本への進路』(1)

成長は終わった

 本書の主張の第一は、成長の時代はもう日本では終わったのだということだ。それを成長をもたらす三つの因子、労働、資本、技術のそれぞれについて検証している。


 第一の労働については労働人口の減少が効いてくる。第二の資本についても、貯蓄率が近年、急速に低下し、アメリカにすら追い抜かれて今や先進国のなかで最低水準にある。最後の技術についても低迷しているという。


 だからもう日本の成長フェーズは終わったと言わざるを得ない。それを認めさえすれば、過去の産業優先の成長戦略がもはや無効であることは明らかだ。これからの国家の目標は、衣食住を保障することにある。

過去の成長戦略と決別せよ

 過去においては、産業が成長することで、そのおこぼれが国全体に広がることが期待できた。だが、いまはそれは期待できない。その典型例が土建業への投資が中心の公共事業である。
 東名高速道路がつくられていた時代では、そのような公共事業は、経済インフラの効率性をアップし、乗数効果により他産業も潤し、雇用の増加をもたらした。
 しかし、二本目の東名高速道路をつくっても、効率性のアップは限られ、乗数効果はほとんどなくなっている。雇用の増加には一定の効果があるが、それなら、直接、困っている人にお金を渡した方が良い。

 では規制緩和はどうか。これも基本的には成長を前提とした政策であって、限られたパイを奪い合う成熟フェーズで市場メカニズムだけで経済政策を行っていると、強者と弱者の格差が拡大し、しかもそれが固定化してしまう。

成熟時代の国家目標

 ではどうすれば良いのか。それは増税により、すべての医療・介護を無料とし、全ての貧困者の生活を保障することだ。
 そのための追加コストはたったの24兆円で、日本の国家予算の10%強にすぎない(特別会計を含む)。
 それには現在40%ほどの税や社会保障の国民負担率を10%ほどあげ、イギリス並みにすれば事足りる。それでも高負担で知られる北欧諸国やフランスと比べればずっと低い。

 具体的には(1)消費税の10%アップ、(2)資産課税の強化(保有する金融資産に0.5%の定率課税)、そして(3)相続税の強化(遺産額の20%)が良い。これで33兆円の増税
 そのうえ前時代的な成長政策のための無駄の見直し、肥大化した官僚組織の見直しで20兆円ぐらいは浮いてくる。
 これらを原資として、誰もが衣食住を保障される国をつくること、これが成熟時代に入った日本が選ぶべき道だという。

産業構造のシフト

 では、これからの経済戦略はどうあるべきか。
 それは成長戦略でも内需拡大でもなく、産業構造のシフトにあるという。


 第一は医療、介護産業へのシフトを促すこと。医療・介護をタダにすれば、需要は伸びる。今のように大学の定員を絞り、一方で医者の良心に付け込んで過酷な労働条件で働かせたり、同じく他産業と比べても7掛けと言われるような低賃金で介護をさせたりする無茶な政策をやめて、やりがいとともに報酬を保障すれば人があつまり産業が育つ。380万人ほどの雇用拡大が望めるという。


 第二は外貨をかせぐ次なる産業の育生。
 日本はエネルギーと食糧の輸入に27兆円が必要な国だ。だから輸出産業は不可欠だ。
 だが今までのように労働者の雇用を削ることで国際競争に打ち勝っても長続きはしない。外貨の獲得と、雇用の拡大という目標がバッティングしてしまうし、所詮、新興国の労働力の安さには叶わない。いずれ国外に出ていってしまう。


 では本名は何か。太陽光発電原子力発電、そして水関連産業などの高付加価値のハイテク型環境関連産業であるという。


 なお、医療・介護産業は人々の生活を支える社会インフラであり、公的な性格が極めて強い。したがって政府の介入も必要となる。


 しかしハイテク型環境関連産業は、すでに名だたる有名企業がしのぎを削っており、基本的には市場に任せるべきだと著者は言う。この点は、IT戦略とかいって政府から金をぶんどっていった人たちと一味違う。

(続く)