小田実『何でも見てやろう』(1)

 原発がせめて危機を脱することを祈りつつ、普通の話題に戻ろう。



 山口誠『ニッポンの海外旅行〜若者と観光メディアの50年史』の紹介で出てきた小田実の『何でも見てやろう』を読んなおしてみた。


 この本はのちにベ平連のリーダーとして有名になった小田実が、1958年からフルブライト留学生としてアメリカに渡り、その後、59年から60年にかけて、半年ほどかけてヨーロッパとアジアを旅をした旅日記だ。60年末に出版され、たちまちベストセラーになった。


 今読み返すと、山口さんの評価とは違って、僕はアメリカ編は面白かったが、ヨーロッパ、アジアにいくにつれ、つまらなくなった。とくにアジアは、体験した事実よりも、ああでもない、こうでもないという小田さんの思弁が長く、ややダルい。

小田実は日本をどう描いているか

 驚いたのは、ほんとか嘘か分からないのだが、東京は世界一の娯楽都市であり、喫茶店にいたっては超一流の国だと繰り返し書かれていることだ。


 「たとえば喫茶店である。喫茶店などというものは西洋の産物であり、したがって西洋ならどこに行ってもあると思ったら大チガイで、早い話、アメリカにはほとんど皆無といっていいほどない」「私(小田)は今確信をもって言えるが、こんなにも喫茶店に満ち満ちて、その一つ一つがかくもすばらしいものである国は、全世界で日本においてない。安くて、いつまでいても追い出されず、ウェスタンからタンゴはおろかベートーベン、ストラビンスキーにいたるまで万事OK。そのうえ便利で典雅で洒落ている日本の喫茶店は、一度日本にいたことのあるアメリカ人が私に言ったことだが、まったくこの世の天国であろう(講談社文庫版、p60)。


 「遊ぶのにこんなにベンリな国はない。あの見ただけで卒倒するぐらいえんえんとつづくレストラン、のみや、バー、喫茶店の列。またその喫茶店のすばらしさ。日曜であろうと、夜の9時であろうと、商店は開いていて、ちょっとものを買っても、ガンジガラメに包装紙で包みあげてくれる。その間頭上のテレビを見上がれば、ジャズ、タンゴ、流行歌、三味線、ナイター、オスモウ、スパゲッティのつくりかた、茶湯の作法、ボクシング、パリ風デザイン、ついでにデモ、なんでもやっている」(p131)。


 う〜ん。本当なのだろうか。
 50年代は、もっと暗くて、貧しかったのじゃないの?。
 しかし、確かに言われてみれば、当時の映画にも先のような場面は出てくる。ちょっと様になっていないじゃないか、なんて感じるが、あのスタバのアメリカに、当時はそもそも喫茶店がなかったと言われると、見方を変えないといけないようだ。


 小田は、原爆以外はなんでもつくれる世界有数の工業国であり、「世界でもっとも忙しい、活力にとんだ国」とも書いている。後の高度成長の芽を早くも見いだしていた卓見というべきか。

続く


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