松浦晃一郎著『世界遺産〜ユネスコ事務局長は訴える』
佐藤滋さんの『まちづくり市民事業』、さすがに続けすぎというので、今日は別の話題にしよう。
これは、前ユネスコ事務局長の松浦さんが在職当時に書いた本だ。
世界遺産の考え方を知るには佐滝剛弘さんの『「世界遺産」の真実---過剰な期待、大いなる誤解 』が一押しだけど、こちらも読んで損はない本だと思う。
またごく簡単に知りたいという人には宗田好史さんのセミナー記録が良い。
特に文化的景観の説明が感動的なので宗田さんの説明を引用しよう。
これについては、世界遺産委員会で語り継がれている有名なやりとりがあります。「祈りですか。で、建物はなにか残っていますか? 何もありません。……じゃあ、鳥居のような何かシンボリックなモニュメントは? 何もありません。……石はどうですか、輪のように並べられた石とか? 何もありません。……じゃあ、せめて木はないですか? ありません。……じゃあ、どこで祈っていたんですか? それは分かりません。……祈っていたということを、どう証明できるんですか? そういう伝承はあります。でも書いたものはありません。マオリ族は文字というものを持っていません」。
そこまで言われ、これを否定してしまったらマオリ族には文化がなかったということになってしまいます。人間がいるかぎり、文化があるだろう。だったら、かれらが伝え、かれらがこの場所をそういうふうに思っているんだったら認めましょう、となりました。
松浦さんの本ではイランの話が僕には新発見だった(p239〜240)。
イランの世界遺産であるイスファファンのイマーム広場からそう遠くないところで、新しいショッピングセンターをつくるという企画が民間から提案されたそうだ。政府はイマーム広場の顕著な普遍的な価値を損ないかねないとしてこれに介入しようとしたが、イスファファン当局は既に建築許可を下ろしていたので、中央政府からの申し入れに耳を傾けない。建築も始まってしまったので、イラン政府は裁判に持ち込み、勝訴した。
松浦さんが訪れたときは、問題の建物は取り壊しが始まっていたそうだ。
イランというと、アメリカに言わせれば悪の枢軸だし、この裁判が政治的な圧力なしに法に従って公正に行われたのかどうか、本書からではわからないが、話だけ聞くと、日本よりずっと明快じゃないかという気がする。
言ってみれば、銀閣寺にそばに建ちそうになったマンションを、文化庁が原告になって止めに入るといった感じだろうか。
また実際に建ち始めたものを取り壊すというのも、日本ではなかなか見られない光景じゃないだろうか。
地方分権が進むと、こういうことも起こってくるのだろう。それはそれで良いんじゃないかと思う。
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松浦晃一郎『世界遺産――ユネスコ事務局長は訴える』