『英国の持続可能な地域づくり』

お金が回るということ


 5月12日にも触れたが、地域再生の大きなポイントは多くはないお金をいかに地域内で回すかにある。
 それを教えてくれたのは2005年に出した『英国の持続可能な地域づくり』で紹介されていた「漏れを防げ」という地域再生の考え方だ。


 たとえば僕がランチを食べるとしよう。それではというので、スーパーで2000円の米国製冷凍パックの豪華昼食を買うと、その大部分は原産国や、流通費や、東京の本部に入ることになり、地域の外に出ていく。だが、地域のレストランで2000円の地元産野菜のランチを食べると、その大部分は人件費やテナント料、材料費だから地域に止まる。
 単純化のためスーパーの場合は400円が店員さんに、地元レストランでは1600円が店主さんの収入となるとしよう。
 次にスーパーの店員さんが400円の輸入物の靴下を買うと、その店の店員さんに残るのは80円、次が32円。だから3回転して2480円である。
 一方、レストランの店主さんが、別の店で1600円で呑むとと、飲み屋さんに1600円が入り、次に飲み屋のマスターが京野菜を買うと1080円で、その次が864円で、・・・・と100円を切るまで累積すると8627円となる。
 景気とかGDPとかは、お金のあるなしではなく、お金がいかに回るかということだ。前者では2000円のお金が2500円ぐらいにしかならないのに、後者では8600円以上になる。地域のGDPで3倍以上の差になると言うわけだ。

「漏れを防げ!」

 『英国の持続可能な地域づくり』で紹介された例では「近隣地区のための再生戦略は、これまでの地域再生策が成功しなかった理由として「衰退地域での課題は、使われているお金の量が少ないのが問題ではない。むしろ消費者、公共機関、企業がどのようにお金を使うかである。多くの衰退地域では、地域の主体が全く関わっていないサービスに使われ、その結果、お金が外部に流出している」と指摘している」。


 そうした漏れを防ぐために、「漏れを防げ」の手法では、多様なメンバーで実行グループを結成し、地域の範囲を決め、お金が地域にどうやって入ってくるか、どうやって出ていくかを調べる。
 そして地域から出ていくお金について、地域内で代替できるサービスがないかなど、漏れを防ぐ手法を考える。たとえば学校給食に他国、他地域の材料が使われているのであれば、地域産の材料が使えないか検討してみる。学校側が地域産にしても良いが量が安定して確保できるかどうかが心配ということであれば、農家が協働して引き受けられないか、考えてみる。

これは保護主義、反動だろうか?

 金融危機が言われ、大恐慌の時代のように保護主義に走ることは破局を招くと警告されている。
 ひょっとして、「漏れを防げ!」は保護主義だろうか。自動車をガンガン輸出しながら、他国の食料は買わないとか、そんな勝手は許されない、という声も聞こえてきそうだ。

機械打ち壊しか?

 もう一つ、この話はお金が回るには人件費が一番ということを示唆している。
 仮にレストランで自動調理ロボットができたとしよう。これが他の地域からの輸入品だと、その分、地域外にお金が流出してしまうことになる。ロボットを入れて繁昌している店は良いが、その店の人手は減り、地域内に止まるお金も減る。あるいは、競争に負けて他店が潰れ、回るお金が減る。
 高度成長の頃のような人手不足なら、どの店もが生産性を倍にしても、お客さんが倍に増えて、みんながハッピーだったかもしれない。しかし今はそうはいかない。せめて地域内の、それも人手によるものを大切にしなければ・・・。


 というと、これは産業革命時に時流に逆らって機械の打ち壊しをはかったラッダイト運動と同類だろうか。機械の打ち壊し犯は、特別に作られた法律で死罪にされたという。


 今の所、どんなに頑張っても経済の大きな流れを止められるほど「漏れを防げ!」とか「地産地消」といった考え方が広まるとは思えないが、これは本質的な問題をはらんでいるような気がする。パイが大きくならないとき、生産性の向上は、全体の幸福につながるのか。良く分からなくなってきた。


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中島恵理『英国の持続可能な地域づくり―パートナーシップとローカリゼーション


チレーア「アドリアーナ・ルクヴルール」を聞きながら。