『「場所」と「場」のまちづくりを歩く』その1

独裁者が好きなイギリスの市民


 『「場所」と「場」のまちづくりを歩く』は2004年に麗澤大学出版会から出た本。
 著者は岩見良太郎さん。当時は埼玉大学経済学部の教授とある。
 区画整理や再開発の反対闘争の先頭に立ってこられた人のようだが、面識はない。


 中味は前半が2000年前後のイギリス滞在記。後半は日本のまちづくりの紹介だ。
 前半が結構思い白い。「豊かな公共心はウソ」「無秩序」「地下鉄駅にはトイレがない」に始まり、「監視カメラ神話」「ビッグブラザーは市民のなかに」と続く。


 イギリスが監視カメラ王国であることは有名だが、ビッグブラザーというテレビ番組には驚いた。若い男女10人が参加し、番組は彼らのプライバシーを細部まで見せてゆく。そして、視聴者の人気投票で毎週1人ずつ追放されるというのだ。視聴者は人の運命を左右し、ちょっとした独裁者気分になれるという趣向。とても人気があるそうだ。


 ビッグブラザーとは、ジョージ・オーウェルの小説『1984』に出てくる独裁者の名前。本来は恐怖の対象であり、打倒の対象である。彼の書いた『カタロニア讃歌』はスペイン市民戦争の体験を綴った傑作だ。スターリニズムを批判した『動物農場』は面白くて悲しい。そのオーウェルを生んだイギリスの市民が、ビッグブラザー気分を楽しんでいるとは・・・。イギリスは成熟した市民社会というのはウソなのかもしれない。

「イギリスの市民参加は素晴らしい」はウソ!?

 本にはイギリスの都市計画制度や市民参加も紹介されている。
 特に公開審問会制度の手続きの充実は素晴らしいという。だいぶ前だが『イギリスに学ぶ成熟社会のまちづくり』という本をつくった。そこでも審問会の様子がリアルに描かれていた。


 しかし、ひどい現実もある。
 ネイバーフッド・リニューアル・ストラテジー地域再生戦略のためのフォーラムは、24万人の自治体で6ヶ所、年4回しか開かれない。なのに、参加者も数十人なら、議論というより参加者が思い思いに質問しているだけ。そのうえ、1時間半ほどで質疑が突然終わり、休憩のあと、くじ引き大会と創作ダンスの発表会になってしまったという。
 これは例外というわけではなく、政府のマニュアルにも、人々の「自治体への不信を克服することがもっとも優先すべき課題だ。クイズの夕べや映画、ビデオ鑑賞会などを通じて、人々の間の個人的関係を発展させること」とある。
 百歩譲って、これも悪くないとしよう。
 それでも、別のパートナーシップ事業について、「パートナーシップのメンバーと口をきくと即刻首にされている自治体職員もいる」「ある自治体の幹部職員はパートナーシップについて次のように語った。”なんの役にも立たない、くだらないことをやっている、くだらない奴ら”」とある新聞で報道されていたというのには驚いた。


 別の本でも、イギリスの現場からの報告を担当した人が、日本で注目されている新施策の良い面をかけずに苦しんでおられたことがある。たまたま訪ねられた現場では評判がイマイチだっという。考え方が良くても、現場で理想的に動いているとは限らない。それが、たまたまなのか、そうでもないのか、日本に何を伝えるのか、そこが難しい。


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