大学における観光人材教育

 日本観光研究学会意見交換会を覗いてきた。意見交換会といっても普通のセミナー、シンポと変わらないものだった。また表題は「関西からの観光立国・立圏を考える」だが、実際のメインは「大学における観光人材教育」というところだ。
 特別講演は国土交通省近畿運輸局企画観光部長の平嶋隆司さんによる観光庁の最近の施策を報告だった。全体の質疑応答でも平嶋さんに質問が集中し、ほかのパネリストがちょっと気の毒という感じでもあった。

最近のリクルート事情

 基調講演はリクナビ副編集長の菅野智文さんによる最近のリクルート事情の報告。
 最近の学生は現実対応力がなく、メンタル不全も多く、就職後3年で3割もの人が辞めてしまう。だから企業は不適切な人材をとらないこと、すなわちミスマッチ回避に全力をあげている。また一般的に重視されるのはコミュニケーション能力と主体性で、チャレンジ精神は評価が下がっている。
 そしてどういう人材が欲しいのか、その能力要件を部門ごとにきっちりと出してきている。


 残念ながら企業は新人に過大とも言える期待をし、一方では人材教育への投資を絞りがちで、教えられる中堅の人たちがリストラや非正社員化でどんどん減っている。若い人たちが育ちにくい環境だが、学生さんたちには自分を生かせる場をきちんと選んで欲しいということだった。

インターシップと就職

 パネルディスカッションは司会が阪南大学の森山正さん。パネリストに先のお二人に加えて近畿ツーリストの子会社で個人客向けのカウンター販売の店舗を展開するKNTツーリスト西日本営業部長の近藤康昭さん。神戸メリケンパークオリエンタルホテルの松下麻理さん。そして神戸国際大学教授の前田武彦さんだった。


 司会の森山さんはインターシップをとりあげ、これを具体の就職に結びつけられないかと、熱心に問いかけていた。
 近藤さんによれば、採用が東京本社で決まったりするので、関西の現場とつながってもイマイチ意味がないようだ。
 オリエンタルホテルでは、最低2ヶ月は来てもらうようにしているし、実際、アルバイトやインターシップ経験者が社員には多いとのこと。これにはメリケンパークオリエンタルホテル単体で採用していることが大きいようだ。


 面白かったのは前田さんの報告。
 数年前は苦労してインターシップを用意しても学生が集まらなかったが、去年はすぐに集まった。そのうえ、これは無理だろうと思っていた旅館の長期の住み込みへの希望者が多かったそうだ。イメージが変わってきているのだろうか? 一方、神戸市役所は人気がなかったという。
 いずれにしても、たまたまインターシップに行ったところの担当者が良かったから、悪かったからというので会社選びをするのは間違っているというのが、大勢だった。

大学教育と企業が求めるもの

 司会の森山さんは、さらに直接就職に結びつくようにするにはどうしたら良いかという議論をしたかったようだが、そもそも直接結びつくことがよいことなのかどうか、また一斉に内定を出すという慣行なども崩さないとインターシップが就職に結びつくことは無理という感じで、議論はもう一つのインターシップの現場である地域のほうに移った。


 だが、こちらの議論はほとんど深まらなかった。観光庁にもっと支援を!という議論もあったが、果たして可能性があるのか。むしろ現場に出ていく実践教育の蓄積がもっと必要なのではないか。


 また大学が学生の品質保証をすべしといった議論もあった。僕たちの時代にこんなことを大学が言ったら、即、断交、全学ストという感じだが、平然と言われるところが何ともはやである。


 しかし、そこまで企業にすり寄っても、ホテルの松下さんが求める人材は、たとえば観光で素晴らしい体験をした人、そしてそれを人にもさせてあげたいという気持ちを持っている人だという。最近は「プロポーズしたいけど、お手伝いいただけますか」といった相談も多い。それを面白がってやってあげられるか、自分のことのようにサポートできるかが大切。そのためには、そういう親身なサービスを体験したことがあり、それを人にもわけてあげたいという人が良いと言う。
 これなら大学で勉強している真面目人間より、さぼって上手に遊んでいる学生のほうが良いかもしれない。


 また近藤さんは窓口業務のポイントは立ち居振る舞いと笑顔。そして千人千色のお客さんを包み込む包容力だと言う。これならお茶とかお花だろうか。
 いずれも大学で教えられるのか、教えるべきなのか、僕は大いに疑問だ。

現場は人間力教育の宝庫


 そこで思い出したのが、『まちづくりコーディネータ』という本。
 そのなかで、まちづくりを教えて、学生が一生懸命になって、まちづくりを職業として続けたいとなっても、どこにも就職先がないという話が出た。
 工学部的発想ではそれはとんでもないことなのかもしれないが、僕のように文学部出身から言わせれば、文学をやったから、哲学をやったから、それで就職できるなんて考えている学生はほとんどいなかった。そんなのは当たり前だ。


 むしろまちづくりの現場に出て、見知らぬおじさんやおばさん、おじいちゃんと話ができるようになり、住民の期待にどう応えられるかを悩むことが、今、社会が求めるコミュニケーション力とか、人間力を伸ばす最大の教育機会ではないかと僕は思う。実際、次に採用の機会があれば、そういうところで揉まれた、だがまちづくりばかりに拘らない本好きの人に来て欲しい。
 そんな議論を受けて終章でリムボンさんが教育論を書いているので、一読していただければと思う。


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