大沼紀子『真夜中のパン屋さん』

 嫁さんが「3ヶ月で12刷りになっている。どんな本だろう」と買ってきて、夜に読み出したら止まらずに、夜明けまで読んでしまったというので、読んでみた。


 都会の片隅、首都高と国道246号が重なり合う街、世田谷通りに面した駅前から入った住宅街にあるというから、三軒茶屋のあたりだろうか、真夜中にだけ開くパン屋さんがある。
 オーナーの暮林、パン職人の弘基の店に母親に投げ出された女子高生、希実が訪ねてくるところから物語は始まる。
 そして、同じように母親に置き去りにされた少年、こだま、引きこもりで覗き魔の脚本家、斑目、ニューハーフのソフィアと、陰をかかえた孤独な人たちが真夜中の街に漂うパンの匂いに誘われて集まってくる。


 それを迎える暮林は、国連で紛争解決などに献身してきたバリバリの国際人なのだが、事故で妻に先立たれ、妻の夢だったパン屋さんを、妻をしたい、妻に恋をし、妻を追いかけ、妻にならってパン焼き修行をしていた弘基と一緒に店を開いたという。


 ともかく、変な人たち。社会に染まりきっていない、社会化しきれない人たちが集まって、純な心でお互いを包み合う。


 暮林のなくなった妻、美和子も、そんな暖かさに触れて、凍っていた心を溶かし、暮林に心を半分あげたのだという。


 「人の心の機微を読めない」と強調される暮林。だが、心を読むとか、空気を読むとか出来ないがゆえに、人間であり続けられたのかもしれない。


 先日紹介した『阪急電車』と同じように、お店ってのは単に物を売っているだけじゃない。人と人が出会う場なんだという夢を見させてくれる一冊。

 これは単なるノスタルジーなのだろうか。それとも本当にそんなコミュニティ感を人びとは求めているのだろうか。


(おわり)


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真夜中のパン屋さん (ポプラ文庫)