[本の紹介]吉村昭『関東大震災』

 同じ吉村昭の『三陸海岸津波』とセットで買った『関東大震災』は暗い本だった。


 まず、死者が20万人。
 有名な被服廠跡の空地で焼け死んだ人だけでも3万8千人。


 しかも、多数の死者を出した原因が、人々が家財道具一式を抱えて逃げ込んだからだというのが悲しい。江戸時代から、そういう事をすると危ないということは知られていたという。せっかく空地に逃げ込んでも、荷物が火種になってしまうからだ。禁令も出ていた。しかし、関東大震災ではその教訓は忘れられ、そのために死ななくても良かった人がたくさん死んでしまった。


 そして朝鮮人の虐殺。
 震災後、富士山の噴火や津波の襲来など、さまざまな流言が広まったが、なかでも朝鮮人襲撃説は猛威をふるう。
 その背景に日本人の後ろめたさがあったと吉村昭は指摘している。暴力で国を奪われ、故国で生活の糧を得られなくなり日本に流れ込んだ朝鮮の人たちが、平穏な表情を保ちながらも憤りと憎しみを秘めていることに、為政者や軍部はもちろん、一般庶民も気づいていたという。だから、大災害をきっかけに復讐されるのではないかと妄想してしまったというわけだ。


 加えて、警察も当初は流言に惑わされ、あたまも事実であるかのように警戒を呼びかけた。新聞もまた、デマを信じ不安を煽り立てた。あげく、自警団が朝鮮人と見れば殺しまくるというとんでもない事態が現出してしまった。
 襲撃説がデマであることに気づき、また自警団の暴虐に驚いた政府がようやく流言を抑えに回ったのが9月5日、そして7日には完全に否定に回ったが、事態は容易に収まらなかったという。


 続いておきた社会主義者の虐殺は、警察や軍隊によるものだった。
 まず、9月4日には労働組合員ら13名が亀戸警察署で、応援に来ていた騎兵隊により殺された。そして9月16日には大杉栄とその妻、そして6歳の甥が憲兵隊により殺された。


 そして凄惨な死体処理の様子、糞尿まみれの東京、犯罪の多発、とりわけ婦女子の誘拐・・・。


 4月11日に東大の大西研の発表会で、瀬田さんは関東大震災の被害はGNPの4割に及ぶと報告されていた。ほんとですか?と聞いたら、そういう資料があるが、計算根拠は良く分からないとのことだった。
 東北大震災は推定3、4%ということだから、もし本当なら10倍以上ということになる。


 また原発事故とその後の処理で日本の信用はがた落ちだと言われているが、朝鮮人社会主義者を虐殺したことと比べれば小さい。
 まして大杉栄を虐殺した甘粕大尉が市民の嘆願や権力の思惑でたったの懲役10年となり、そのうえ3年で仮釈放され、その後、満州国で要職に付いたと読むと、日本は一番大切なことをこのとき見失っていたことに気づく。


 幸い、被災者の行動は世界の賞賛を浴びている。
 原発事故では散々な言われようだし、政治のありようにはがっかりしどうしだが、関東大震災の時の為政者と比べれば、比較にならないほどマシだ。


 これほど暗い本を読んだせいか、今の日本の対応に、それほど悲観することはないと思えてくる。