山口誠『ニッポンの海外旅行〜若者と観光メディアの50年史』(3)

歩く旅の終焉〜スケルトンツアー

 歩く旅が終焉を迎えたころ、航空券とホテルがセットになった数日の旅行が、信じられないような安い値段で提供されるようになる。
 ソウル三日間1万円とか、グアム四日間1.5万円といったスケルトンツアーと呼ばれるものだ。

 山口はこのスケルトンツアーは、旅を単なるお金を介した消費行動に旅を変換してしまったという。
 短い滞在日数で、ショッピングとグルメを効率的に楽しむには、綿密な事前の調査と計画が必要になる。そしてより多く体験するため、そこでハズレを引かないために、ガイドブックのお薦めにしたがって、慌ただしく動き回る。


 そこには、歩き回って何かと出会いたいとか、地元の人々に溶け込んで文脈化したいといった不確実で、効率の悪い「歩く旅」の入り込む余地はなくなった。


 もちろん一部にはバックパッカーも生き残っている。
 山口は下川裕治の『日本を降りる若者たち』に描かれた、日本で働いたお金を少しずつ取り崩しながらバンコックの安宿に引きこもり、「外こもり」している人達を紹介している。しかし、彼らもまた現地の文化から脱文脈化し、「円」を海外で消費しているに過ぎないという。そこには「歩く旅」はもう片鱗も残っていない。

なぜ若者は海外旅行に行かなくなったか

ケルトンツアーの一人勝ちが旅を殺した

 山口によればスケルトンツアーが主流となった2000年代になって、スケルトンツアー以外で海外にいく障壁は却って高くなっているという。絶対額では昔より安いのだが、なにしろ台北三日間1万円なんて旅が日常化しているわけだから、航空券だけで5万、10万払うことに心理的な抵抗が生じるということだ。


 また、ガイドブックが旅先の消費ばかりに力を注ぎ、若者の歩く旅を応援する情報が以前よりも手に入りにくいという。


 スケルトンツアーは確かに安い。
 だが、旅先の日常生活や、文化・歴史から離脱した旅は、結局、どこにいっても同じということになる。そのうえ綿密な予習と高い効率性が必要となるので、なじめない人も多いし、飽きるのも早い。「お金を介した消費行動だけで辛うじて接点をもつ」「孤人旅行」と化した海外旅行がじり貧だというのも頷ける。

歩く旅は復活するか?

 第一世代までが異文化の日常に溶け込み新しい発見をしようという冒険、探検という近代精神を受け継いできたのにたいして、第二世代は、向こうからやってくる出会いへの自らの反応を見つめながら、自分探しをしていた。そして第三世代は、社会から離脱し個を確立するよりも、日本人に立ち戻ろうとし、最後には猿岩石によって戯画化され、歩く旅の思想的意味は終焉した。


 この本は若者の海外旅行、とくに長期の一人旅の思想史として、またガイドブックなどのメディアとの関係史としては、文句なしに面白い。
 しかし、ここで描かれているようなバックパッカーが若者の海外旅行の主流だったのだろうか。残念ながら、どの程度のボリュームを占めていたのかについては、ほとんど言及がない。


 観光学では、60、70年代をマスツーリズムの本格化ととらえ、80年代以降、徐々にマスツーリズムから個人旅行に、物見遊山からオルタナティブへの移行が始まっていると捉えることが多い。たとえば『観光学への扉』でもそのように捉えている。


 『なんでも見てやろう』の時代は海外旅行自体が希な物だったし、『深夜特急』『ゴーゴーインド』の時代も、おじさんの団体旅行や、お姉さん、おばさんの買い物ツアーが主流だった。買春すら、パックツアーで出かけ、社会問題になっていた。
 格安航空券が、うさんくささをぬぐい去り、さらにマスとしての個人化が進んだのはスケルトンツアー以降なのだろう。


 個人旅行が、短期間にひたすら消費することに留まっているというのは、まだまだ咀嚼仕切れていないからかもしれない。
 マスが本当の個人旅行に向き合うのはこれからだという気もする。


 最近、国内の観光振興では「体験だ!」「交流だ!」「まち歩きだ!」と叫ばれることも多い。もし、そういう流れが定着していけば、海外旅行でも、かつてごく一握りの人のものでしかなかった「地元に溶け込む長期の節約旅行」という贅沢な旅が、もっと多くの人に楽しまれる形で再生していく可能性もあるだろう。期待しつつ見守りたい。


(おわり)


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山口誠『ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 (ちくま新書)


井口貢、西村幸子、古池嘉和、佐藤喜子光、宮内順ほか著『観光学への扉