田坂広志『目に見えない資本主義』


 はっきり言って、とても軽い本。
 一番すごいところは1ページ16行のうち、なんと7行も1行アキをとっている。


 それに、内容も軽い。
 単純に言えば貨幣価値オンリーの時代が終わり、見えない価値が大切になる。実は日本的経営こそ、見えない価値を大切にしてきたんだ。だから日本は過去を振り返ることで、未来に立ち向かえるという話だ。


 もうひとつの特徴はインターネットの礼賛。
 田坂さんは、ヘーゲル弁証法を引きつつ、世の中は螺旋階段を上るように、一巡しながら発展していくという。市場原理の権威が揺らいだ今、かつての日本的経営に立ち戻りながらも、しかし過去に回帰するのではない。


 これはどういうことかと言うと、僕流の喩えで言えば、かつて顔の見える関係での信頼が大きな役割を果たしていたのが日本的なあり方だったとしたら、そういった関係を捨てることで、大量に多様な商品を流通させたのがグローバル化。しかし顔の見えない関係の危うさが感じられている今、一方でインターネットによって顔の見える関係をどんな遠方でも築けるようになった。だから顔の見える関係に回帰しても、それはインターネット以前とは全く違うものになるということだろう。


 田坂さん自身は「操作主義経済から複雑系経済へ」「知識経済から共感経済へ」「貨幣経済から自発経済へ」「享受型経済から参加型経済へ」「無限成長経済から地球環境経済へ」といったキーワードで語っていく。


 そして、その変革の鍵になるのが、本業を通して社会に貢献しよう、「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」などで知られる日本型経営のもつ企業倫理だというわけだ。


 田坂さんは12000人もの社会起業家を集める社会起業フォーラムを組織している人だというから、凄いリーダーなんだろうが、だからなのか宣教師の説教のような感じの本だった。
 共感、自発、参加、成長の限界、地球環境など、親しんで来た言葉が次の時代を開くと言われて悪い気はしないのだが、言葉が消尽されていくような空しさも感じる。


 だが、それでもハッとする指摘もあった。それは操作主義を捨てろ、顧客を操作しようと思うなという指摘だ。「いかに読者の注意をこの本に向かわせるか」なんて、常々考えていることなのだが、それがイカンのだと言われる。
 顧客の欲望を意のままに操りたい、操れるという傲慢が、「いかにして使える商品でも捨てさせ、新たな商品を買わせるか」につながり、究極は「いかにして買えない商品でも買わせてしまうか」というサブプライム問題を引き起こしたのだという。


 そこまで言われるほど操作力がない、全然なのだが、それはともかく、じゃあ、どうしたらよいのか。
 「お客様は商品を売りつける相手ではなく、商品の売買というご縁によって巡り会った大切な方であり、そのお客さまという鏡に映し出される自分の姿を見つめることによって成長させていただく」と考えろと書いてあるが、どういうこと?
 「ものをつくるとき、そこに「こころ」を込める文化」が大切というのは分かるけど、そうやって作ってもお客様とご縁がないと、蔵に眠ったまま。それじゃ困るというのは、貧しているのだろうか?


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田坂広志『目に見えない資本主義