海津ゆりえ『日本エコツアーガイドブック』〜その2〜

京都サイクリングツアー・プロジェクト

 本書ではエコツーリズムを作り上げてきた人々が実に魅力的に描かれている。
 西表や小笠原、知床、裏磐梯など、いかにも自然、いかにもエコツアーという感じのフィールドが多い中で、異色をはなっている自転車による京都ツアーを生み出した多賀一雄さんの話を少し詳しく紹介しよう。


 若い頃から仏教美術にはまっていた多賀さんは、日本の文化を外国人に紹介したいと考えた。そのためには英語だ!というわけでイギリスに留学。そのとき、「通学にいいよ」とホームスティ先の10歳の子どもに薦められたのが自転車。
 手に入れた1万5000円の中古のマウンテンバイクは、20段変速で、それまで彼がもっていた「自転車はしんどい」という観念を変えてしまった。


 京都の観光客の不満の第一は交通の不便さだ。渋滞がひどい。自転車なら渋滞知らずじゃないか。よし、京都に帰ったら自転車を使って京都を案内しよう。


 帰国後、ホテルや旅行社をまわりプランを見せたが、相手にされない。問題は「怪我したらどうする」「雨が降ったらどうする」「自転車はマナーが悪い!」「そんな、しんどいこと!」。
 そこで、彼は保険会社に勤めていた弟に自転車用の保険をつくらせ、また雨の日はウォーキングやバスツアーを用意。また疲れるとの指摘には、観光地のレンタサイクルのイメージを変える高品質の自転車を使うことにした。
 もちろんガイドが同行するのでマナーの点も十分に気をつけることができる。
 こうして2001年、京都サイクリングツアープロジェクトが立ち上がり自転車ツアーはスタートした。その後、本書で紹介されているような紆余曲折を経つつも、2010年現在、保有400台、スタッフ20名、京都最大のレンタサイクル&サイクリングツアーとして定着し、他都市に自転車観光推進サポートプラグラムによる相談事業まで行うようになっている(同社HPより)。


 興味深いのは「自転車は界隈観光を活性化します。裏道や観光地と観光地の間にある、通常はお客さんが行かない場所にも行けます」という指摘だ。現に、成果がマスコミで報道されるにつれ、自転車ツアーに協力してくれる店が増え、なかにはツアーに利用してもらえるように駐輪場を借りるお店まで現れたという。


 また本来の目的である「外国人に日本の文化を紹介する」という点でも成功しており、参加者の6割は外国人だという。
 外国人は日本人ならまず聞いてこないことを細々と聞いてくるそうだ。鴨川でも、あの鳥はなんだ? 水質は?と聞いてくる。御所は木だけでも5000種類。野鳥の数も多く、特に大変だという。
 また高齢者が多いのも外国人の特徴で、フランス人観光客の平均年齢は60歳を軽く超えていたそうだ。

 なおサイクリングツアー・プロジェクトの現在の定番ツアーには、「京の町家めぐり」「京都ろじ裏散歩」「京の魔界めぐり」「京のおばんざいツアー」「幕末・坂本龍馬の足跡をたずねて」「京の至宝探訪」の6コースである。ガイドはもちろん、レンタサイクルや保険付きで半日コースで5000円ぐらい、一日コースはランチ付きで1万円ぐらいである。

エコツーリズムは観光と地域振興の基本

 このように海津さんが考えるエコツアーは、とても幅広い。
 エコツアーをネイチャーツアーとか自然体験ツアーと思っている人は面食らうかもしれない。


 また京都の場合、元々、大観光地でもあり、文化財の宝庫だ。町家や路地の魅力、そこにあるお店の魅力も、多賀さんが発見したというわけではなく、ちょうどこの頃、多くの市民が気づき、様ざまに発信し始めていた。また稼いだお金を自然や文化の保全に特段に再投資しているというわけでもなさそうだ。


 しかし、京都が目ざす「日常生活や文化、芸術、食、産業、知恵、自然など、ほんものとふれあう観光や、歩いて楽しむことをはじめとする「環境モデル都市・京都」にふさわしい環境にやさしい観光など、「質の高い観光スタイル」」(京都市基本計画第一次案、2010.5)の一つのあり方を、自ら提示し、かつビジネスとして成り立たせた点で、凄いと思う。


 海津さんは本書でエコツアーの目的は、「参加者が宝を楽しみ、たいせつさを学ぶことによって、資源を守る運動に協力する「エコツーリスト」になること」としている。たしかに、自転車ツアーに参加した人たちが、京都の良さを知り、次も自転車で、あるいは歩いて町を楽しんでくれるなら、それこそが資源保全への最大の貢献ではないか。


 そのような意味で、サイクリングツアー・プロジェクトはまさにエコツアーだし、エコツーリズムだと言える。逆に言えば観光振興の基本はエコツーリズム、宝探しからの地域づくりにありと言ってもよいのではないか。