[本の紹介]山納洋『カフェという場のつくり方』
スタッフの岩崎君が力を入れてつくった本だ。
コモンカフェを運営している著者が、生き方としてのカフェにエールをおくり、続けるための心得やノウハウを書いている。
だから、自分たちの居場所をつくろう! カフェを起業しようという方は、読まれると良いと思う。
僕にとって興味深かったのは、個人営業の喫茶店が儲からなくなってから、カフェブームが起き、そのブームも消え、さらに儲からなくなった今、生き方としてのカフェを求める静かなブームが起きていることだ。
この本の5章「これからのカフェのカタチ」には「カフェが担う公共性」とか「文化的な場づくりの可能性」という節がある。
今から思えば昔はカフェはたしかに「場」だった。
高校のそばには、授業をさぼってたむろする喫茶店があり、おそるおそる訪れたその店で、はじめてピラフなるものを食べた。大学のそばには、それほど年が違わないマスターがやっている喫茶店があった。大学祭のチラシに広告を頼みに行ったとき、数千円を引き受けてくれたマスターが輝いて見えた。
同じ頃、親が実業家の友人が「商売を勉強せえ」と言われてお金を出してもらいカフェを開業し、セミライブハウスみたいにして溜まっていた。ミルクホールでは哲学とも政治ともつかない談義を続けていたし、駸々堂では文学を語り合っていた。
サラリーマンも「営業してきます!」と言って、喫茶店でサボっていた時代だった。
ドトールもスターバックスもなく、喫茶店は大入り満員の時代だった。
だけど、そういう「場」が必要なくなり、無個性なチェーン店で充分になったからカフェは消えていき、儲からなくなったはずだ。
経済的に合理的な人間なら、そんなものに挑戦するなんて不合理きわまりない、あり得ない話だろう。
著者は「「カフェをやりたい」という人たちの思いが、人が集まる場を生み出し、そこでより多くの人たちが刺激を受け、自分を見つめ直し、新たな何かに取り組んでいく。そうした自己実現の連鎖を通じて、社会がより良い方向に向かっていく。僕自身は、そんな風に、少しロマンティックな形でカフェの可能性を信じています」と書いている。
先日紹介した『「まち歩き」をしかける』でも、まちとの関係修復を人々が求めているんじゃないかと指摘されていた。同じように、チェーン店ではなく、ここだけにしかない場が求められるようになっているのだとしたら、時代は本当に折り返したのかもしれない。
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カフェという場のつくり方: 自分らしい起業のススメ