イタリア世界遺産物語〜人びとが愛したスローなまちづくり


セミナー無事終了

 8月5日、宗田好史さんのセミナーが無事に終わった。
 最初は申し込みが少なく、どうなるのかと心配したが、ボチボチ、ボチボチと申し込みが増え、最後は50人を超えたうえ、キャンセルが少なく、参加者数も50人を超えた。

 来てくださった方、有り難う。


 驚いたのは新聞の効果がまったくなかったことだ。高松さんと宗田さんのセミナーは、京都新聞日経新聞関西版のイベント案内に載せてもらったのだが、それぞれ1人か2人しか反応がなかった。
 「イタリア世界遺産物語」と、一般受けしそうなタイトルをつけたつもりなのだが、これだ。
 せっかく載せてくれた新聞には申し訳ないが、少々タイトルを工夫してもイタリア好きの人を捕まえることは出来なかった。
 これが普通なのか、僕たちの思いが空回りしているだけなのか、とくと考えてみなければ。

世界遺産の考え方の変遷

 宗田さんのお話は大きく言えば、「農村を景観・観光・農業で再生する動きが本格化し、スローフードアグリツーリズム、文化的景観の3側面が一つの大きな流れにまとまってきた」ということだった。


 詳細は社のホームページに記録を掲載するので、そちらを見て欲しい。


 セミナーでは前半を使って世界遺産の考え方、世界遺産をどう語るかを話された。


 あまり知られていないが、世界遺産の考えかは大きく変わっている。当初はピラミッドや最後の晩餐のような著名な文化遺産ばかりが登録されていた。
 一級の文化遺産を登録するのが世界遺産だとすれば、当然と言えば当然なのだが、これに対して、たとえば世界遺産が「教会建築や王侯貴族の宮殿ばかりを評価するのは怪しからん」とか「ヨーロッパばかりに文化遺産が集中している」「南北問題の解決に何の役にもたっていない」といった批判があった。
 心のなかに平和の砦をつくろうというユネスコとしては、これを見逃せなかったという。


 だからヨーロッパ中心主義から脱し、異文化を世界遺産として評価しようとする試行錯誤のなかで、文化的景観や産業遺産という考え方、さらには無形遺産が生まれてきた。


 後半の話の中心となるオルチャ渓谷も、この文化的景観として世界遺産に登録されている。


 だが、オルチャ渓谷が、世界遺産になることで地域振興を果したかというと、それは違うそうだ。
 だいたいイタリアでは、世界遺産に観光振興等の効果が期待されておらず、したがって自治体は熱心ではなく、あまり話題にならないという。
 またお話からはオルチャ渓谷の場合も、地元的には州法に位置づけられた時点で目的を達したように聞こえた。世界遺産登録はおまけのような印象だった。


 では何がオルチャ渓谷を蘇らせたかというと、アグリツーリズムスローフード、そして文化的景観の三位一体だという。

アグリツーリズムスローフード、文化的景観の三位一体

 簡単に言えば、農村を愉しむのがアグリツーリズムだ。
 そこでは美味しいものを食べたい。それもその土地ならではのものを食べたい。
 もちろん、農薬や化学肥料たっぷりのものではなく、土地の人々も安心して食べているものが良い。
 だからアグリツーリズムスローフードの結び付きは想像しやすい。


 そして食べ物は、やっぱり美しい景観のなかで育っていなければ、どうも美味しそうではない。
 だから美しい農村の風景と農産物の品質を結びつけるブランド化が進められ、成功したという。


 アグリツーリズムにしても、ブランド化にしても、その美しさには物語が必要だ。


 たとえばアッシジでは、駅の周辺や高速道路があるところなどを除いて全域を保全している。なぜなら聖フランチェスコが歩いた道であり、彼が生きた時代の景観が残されているからこそ、価値があるからだ。


 オルチャ渓谷では、シエナの市役所(議会場)ある「善き政府」というヨーロッパでは知らない人はいないという有名な壁画の風景が、そのまま残っていることに文化的な価値があるという。


 こうした考え方は、実は世界遺産が92年に取り入れた「文化的景観」の考え方に他ならない。


 では、これらを貫く通奏低音はなにかというと、宗田さんは、69年のイタリアの暑い秋に象徴される学生運動、労働運動の盛り上がりと、その後の価値観の転換をあげられる。

 運動のなかで、権威を問い直し、資本主義を問い、高度経済成長ではない、もう一つの道をもとめた若者たちがいるという。運動が沈静化していくなかで、彼らが地域にはいり、農業団体がにも入り、環境保護運動や歴史保全運動と合流し、アグリツーリズムというビジネスや、スローフードという思想を生み出した。


 それが今や、世界の大きな潮流となりつつある。

イタリアのスローな村づくり

 以上のように世界遺産の考え方の変容と、イタリアの小さな村のスローなまちづくりは、決して無関係ではないのだが、「世界遺産をめざして地道に頑張りました」といったすっきりした成功物語にはしがたい。


 世界遺産で人寄せができるかも、といった不純な動機で企画した僕が悪かったといえばそれまでだが、この2つの話題を一緒に語るのは若干無理はあるかもしれない。


 ただ、世界遺産をめぐる議論の変容は、地域の宝とは何かを考える際の評価軸として、僕は是非、伝えたいと思う。


 またイコモスのブタペスト宣言にある「そこに住んでいる住民の生活の質は文化遺産の質そのものである」という言葉は、歴史や文化を生かしたまちづくりを考える時には大切な視座だと思う。


 オルチャ渓谷の人々の生活の質をもう少し掘り下げていただくことで、この言葉の意味を実感していただけるようにできないだろうか。


 これからじっくり宗田さんと相談し、企画を練り直します。
 企画を通して来年には本にして世に問いたい。応援、宜しくお願いします。

(写真は京の七夕、竹と光のオブジェ、堀川会場)


セミナーの記録
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1008mune/index.htm


○関連書

・『中心市街地の創造力〜暮らしの変化をとらえた再生への道

・『町家再生の論地〜創造的まちづくりへの方途

・『創造都市のための観光振興〜小さなビジネスを育てるまちづくり

・『賑わいを呼ぶイタリアのまちづくり』(品切れ)