リンダ・グラットン『ワーク・シフト』

 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>という触れ込みで、今売れている本だ。400ページを超えて上製で2100円と抑えた価格だし、読みやすい。その点は凄い。
 ただ、著者も書いているが、すでにいろいろ言われていることのパッチワークで、全体像を描こうとしているが、整合が取れているか、疑問なところはある。まあ、ともかく色々と縫い合わせて見たので、全体像がなんとなく見えるだろう。どういう筋書きを立てるかは読者が好きに考えてくれというところだろう。


 著者が言うようにテクノロジーの進化とグローバル化がひたすら競争を煽ったとすれば、漫然と迎える未来は暗い。
 それに対して主体的な築く未来は明るいという。
 ただし、そのための働き方の三つのシフトのうち、一つめの「ゼネラリストから連続スペシャリストへ」と二つめの「孤独な競争から協力して起こすイノベーション」は、暗い世界のなかでも「私だけは大丈夫」「僕たちだけは大丈夫」的な働き方指南のように見える。
 特に第一のシフトは「ほかの人にまねされにくい」専門技能を身につけて高く売れということだが、これは競争のなかでいかに生き抜くかという方法論だ。
 しかも、大部分の人がそのような技能を目指したら、永遠に抜きつ抜かれつの競争が続いてしまう。まあ、ベストセラーを読んで「よし、これだ!」なんてやっていたら、「ほかの人にまねされにくい」なんて出来ないよな・・・。


 それはともかく、やはり暗い世界は、暗い世界のまま続くのだろうか。
 続くなら、そのなかで勝ち組になるのも良いだろうが、世の中、破裂してしまうんじゃないかという気がしてならない。

 だから、暗い世界を避ける方法はないものか、そのために少しは役立つ知恵はないものかと思ってこの本も買ってみた。
 その期待に応えるのは、第三のシフト「大量消費から情熱を傾けられる経験へ」だ。
 まず、これなら世界中の人が実践しても成り立つ。
 そのうえ、さきほど「勝ち組になるための指南」と言ってしまった第一、第二のシフトも、この第三のシフトから見たら、違った世界が見えてくる。
 第二のシフトに書かれている「ポッセ(頼りになる仲間)」とか「ビックアイデアクラウド」は、第三のシフトを前提にすれば、意味合いも違ってくるだろう。また第二のシフトのキモである「自己再生のコミュニティ」は第三のシフトがないと、得られないように思う。ジャングル的世界で存分に闘ったあと、夜には温かい家庭と地域にかえ回復するなんて、今となっては幻想としか思えない。外も内もつながってしまっているんじゃないだろうか。
 第一のシフトも、むしろ競争社会、とりわけグローバルな組織から自由になるための技と読み替えることもできるだろう。事実、キャリア例として草の根市民活動家や社会起業家、ミニ起業家などが上げられているのは、そのような意味合いも込められているからだと思う。


 この本は『君たちに武器を配りたい』のように、非情で残酷な社会で敗者とならないための処世訓と読むこともできるが、孤独と心理的な貧困から逃れるために社会を自分から変えていくための示唆にも富んでいる。
 ただし、お金がないと安物しか買えず「私は貧乏な負け犬です」と大声で叫んでいるような社会が、勝者総取りの一方の極だというのは甘い。パンと見せ物で満足させられたローマ市民も、パンの配給を受けることは「貧乏な負け犬」と叫んでいると見られたと何かで読んだことがあるが、大きく見れば彼らもまた特権階級には違いない。

(おわり)


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ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉