孫崎亨『戦後史の正体』

 アマゾンでコミックなどを除くと総合1位だったので、買ってみた。
 元外務省・国際情報局長が書いた、米国からの圧力を軸に戦後70年を読み解いた本とのふれこみだ。

 書かれていることは、そんなに目新しいことばかりではない。

 たとえば、負けたとたんに、アメリカ軍用の慰安施設(売春施設)を政府が率先してつくったこと。天皇アメリカに沖縄占領の永続化を提案したこと。
 吉田首相がアメリカの言いなりになり、基地の自由使用をみとめてしまったこと。
 そして日中国交回復をした田中角栄は、アメリカの逆鱗にふれて、それまでは等閑視されていた金脈問題で袋だたきにあったうえ、ロッキード事件では日本とアメリカが合作した超法規的な手段もつかって有罪とされてこと。

 平和国家日本の生きる道をアジアとの結びつきのなかで見出そうとした鈴木善幸首相がバカにされ、アメリカにいい顔をし日本列島浮沈空母論をぶちあげた中曽根さんが、アメリカに持ち上げられたこと。

 そして沖縄の基地の「最低でも県外移設、出来れば国外」を主張し「東アジア共同体」という新たな絆をアジアに求めた鳩山首相が、日本の官僚からは無視され、マスコミからはバッシングされ、1年と持たなかったこと。

 いずれも知っているといえば知っていることだが、これでもか、という感じの激しい調子で書かれている。


 ただ、領土問題はアメリカの陰謀だというのは、ほんとうだろうか?
 たとえば北方領土
 この本によれば日本はサンフランシスコ講和条約で千島列島に対する権利・請求権を放棄しており、すでに吉田首相が千島南部に属することを認めた択捉、国後の返還を主張するのは無理があったという。そこで鳩山一郎内閣の重光外相は「2島返還でやむ得ない」と考えソ連との交渉の妥結をはかる。
 ところがアメリカが「もし日本が国後、択捉をソ連に渡したら、沖縄をアメリカの領土にする」と脅して日本を屈服させたというのだ。
 しかも、ヤルタ会談ソ連に千島を与えると約束したのはアメリカだった。そのアメリカがなぜ手のひらを返したように2島返還に反対したかというと、日本とソ連の間に領土問題という紛争のタネを残し、友好関係をつくらせないようにしたのだという。


 尖閣もそうだと書いてある。沖縄返還に関しては、いざというときの核兵器の持ち込みと繊維の輸出規制という二つの密約が佐藤首相とニクソン大統領の間で交わされていたのだが、佐藤首相は繊維については反故にしてしまった。
 その報復が日本の頭越しの中国訪問であり、ドルと金の交換停止・日本への10%の輸出課徴金だった。また、同時期にアメリカは尖閣諸島は日本の領土という日本の主張への支持を修正し曖昧な態度を取り始めたというのだ。


 果たして事実かどうか、アメリカの態度が曖昧になったのはこの頃からとは他でも読んだ記憶があるが、謀略の話だから決定的な証拠はないのだろう。
 ただ尖閣諸島の一部はアメリカ軍の射爆場として地主さんと賃貸契約が結ばれているという事実にほおかむりして、領土問題に介入しないというアメリカの態度は、戦争以外なら「大いにもめてくれ」と思っているに違いないと勘ぐりたくなるところだ。


 ところで、アメリカの圧力を軸に歴史を読み解こうというだけあって、かなり無理筋な話も多い。上記で言えば金とドル交換停止を日本に対する報復という文脈からだけ説明しているが、佐藤首相が繊維の密約を守っても、いずれドルの交換停止(ドル切り下げ)は避けられなかっただろう。
 60年安保の際に、安保闘争の先頭にたっていた主流派全学連の指導層の一部に、右翼を通して財界の金が流れていたことが指摘されているが、だから、自主独立派の岸首相を倒すためにアメリカと財界の親米派安保闘争を仕組んだというのは言い過ぎだろう。


 また、この本は自主独立派か、親米派かで色分けしてしまうので、見えにくくなっていることがある。それは岸首相までは自主独立派は戦前回帰派、軍事的にはタカ派だったが、田中角栄あたりから、アメリカに潰される政治家はハト派に変わっていることだ。
 それはアメリカが日本に軍事的な役割を期待するようになったからだと思う。
 だから昔はアメリカのくびきを脱して再軍備と、アメリカ軍基地の撤去など、独立をすすめようとするタカ派の政治家が、アメリカには目障りだった。
 しかし昨今では、アメリカの役に立つ再軍備を進めるタカ派は可愛がられ、アメリカとの軍事協力に消極的で、平和国家としてアジアで位置を占めようとする政治家が潰されている。
 そのあたりは無視して、親米従属か自主独立かだけに焦点を当て、吉田首相や小泉首相は最低、岸首相は最高、福田康夫首相は辛うじて国益を守ったと言われていも、ちょっと共感しにくいところがある。


○アマゾンリンク

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)