「都市をつくる仕事」の未来に迫る Crosstalk#3

久隆浩と「なる都市」の方々〜まちづくりで飯が喰える時代がくる!くる?

 「都市をつくる仕事」の未来に迫る Crosstalk#3が4月12日に行われた。
 今回はおとなしめのイントロと、久さんの「都市・まちづくりは「お金と権力」から「共感・関与」の領域へ」という報告から始まった。
 その後、乱脈な展開となり何が話されたのか、良く分からなかったが、アトランダムな感想を書いてみる。

まちづくりで飯を食う方法

 最大の論点、「まちづくりで飯が喰える時代がくる!くる?」に答は出たのだろうか。
 久さんは共感領域での仕事を支える財源として

 1)寄付
 2)BIDのように地域限定の目的課税を地域組織に還元
 3)互助としてのコミュニティ・ビジネス

を挙げられた。

 これについて、経験・実践を踏まえた議論が展開されるかと期待したのだが、まったくといって良いほどなかった。

 久さんが理事長として頑張っているNPOが、スタッフをちゃんと雇えるようになっているのは、お金を出してくれる人を見つけたからだそうだ。詳しくは話されなかったが、商工会か何かだという。
 まちづくりのNPOがお金を稼ぐには、ビジネス感覚だけを研ぎ澄ましてもダメだろう。「共感領域での仕事」なのだから、「共感」のマーケティングが必要だと思う(注1)。
 行政がお金を出すにしても、企業から、個人からいただくとしても、「共感」を深めるような成果がいる。
 共感にお金を払うなんて、まだ考えにくいかもしれないが、たとえば食事にしても、腹を満たせばいい段階もあれば、美味しいとか、楽しい、くつろげる、ワクワクするなど、多様な価値に人はお金を払うこともある。そこには共感に近いものもある。あと一歩という気がするが、どうだろうか。

喰える仕事はあるか

 一方「どうしたら僕たちは食えるようになるんでしょうか」という学生さんの問いかけもあった。これに対しては、いま都市も、なる都市も声を揃えて「自分で考えろ!」「自分でやれ!」と言っていた。
 これはちょっと冷たいような気もした。だが冷静に考えてみると、僕が学生だったころ、文学部だったせいもあって、先生方に「どうしたら食えますか?」なんて聞くという発想自体がありえなかった。入学時のオリエンテーションで美学の先生が「美学を続ければ私のようにお金持ちのお嬢さんをゲットしなさい」と言われていたぐらいだ。


 当時、工学部等にはびこる産学共同は打倒の対象であり、大学は就職のためにあるのではない、というのが常識だった。
 それがいまでは産学共同が賛美され、実学が強調され、学生の就職に大学が積極的になった。それが常識になった途端に、工学系の先生方も学生の未来を約束できなくなったのは皮肉というべきか。

 とはいえ、そんなに暗くならなくても良いようにも思える。
 いまは若者の就職難、失業の増加が目立っているが、一方では働き手がどんどん退職し、新たな働き手がたいして増えないという大きなトレンドが目の前にある。目先しか見ない企業は企業が威張って人を使い捨てにしているが、きっとしっぺ返しがくる。移民でも積極的に取り込まない限り、若者を踏みつけにする時代はもうすぐ終わる。
 まして地域の仕事に対するニーズは増える一方だろう。
 儲からないかもしれないが、必要とされることは山のようにあるし、地域の寄り添う小商いの機会は増えると思う。

都市を「つくる」時代は終わったのでは?

 もう一つ、クロストークの枠組みからしてやむを得なかったとはいえ、都市は「つくる」から「なる」へという基本が議論されなかったことが残念だった。考えてみれば、もう都市をつくる時代じゃないと主張しているわけだから、「都市をつくる仕事」自体が否定されてしまっている。もっと激論になるのかと思ったのだが・・・
 さすがに最後に少し話題になって、都市をつくる仕事の未来を探す「いま都市」側から否定的な反応が出ていた。
 久さんの言う「なる」は、従来のように頭で考えた理念、「都市はかくあるべし」という将来像に向かって、都市をつくっていくことをやめようということだと僕は思う。都市には、時代と応答しながら成長や老衰していく力が潜んでいる。だから「つくる」なんておこがましい。いかに「マスタープラン型じゃなくて」と言い訳しても、都市をつくる対象と見ること自体が、近代主義的だし、まして縮小の時代に相応しくない語感ではないだろうか。

 だが、ほうっておいても育ち死んでいく生命体のように、都市は完成した複雑系ではない。だから、都市をじっと見つめ、成長や老衰の方向を読みとって寄り添うように力を貸す仕事は必要だ。
 いままでが西洋医学のような仕事だとしたら、これからは東洋医学、漢方のような仕事になる。西洋医学が病気を治すものだとすれば、東洋医学は癒すように、都市をつくるのではなく、都市が縮小とともに気持ちよく生きる手助けをする仕事が必要になるということではないか。
 こう僕は理解しているのだが、『都市・まちづくり学入門(なる都市)』の書き手よりも若手が多い「いま都市」の人たちの共感を得られなかったのは意外だった。


注1:共感のマーケティングという言葉は世古一穂さんから聞いた。
   たとえば世古一穂『参加と協働のデザイン

(おわり)


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