黒野伸一『限界集落株式会社』

 帯には逆転満塁ホームランの地域活性エンターテイメントとうたっている。実際、サクセス&ラブストリーで、まあ、堅いことを考えなければ、楽しめる本だ。

 ビックリしたのは、次の場面。
 就農研修にきた千秋が聞く。
 「だけどこの村、いずれ本当に消滅しちゃうんですかね」
 「多分そうなるだろうな」と村で農業に携わっている正登が言う。
 そして、
 「撤退の農村計画を推し進めている研究者グループもいるよ。共同体が崩壊して、弱者が置き去りにされる前に、集落を引き揚げ、交通の利便がいい場所に引っ越すという考え方だ」。
 「この村もそうなるんですか。じゃあおれたち、また都会に戻るってことですか」
 「都会といっても、東京みたいな大都会じゃない。麓の町、もしくは安在市の西のほうにコンパクトシティが出来るらしいから、そういう場所に移り住む時がいずれ来るかもしれんということだ」。
 「コンパクトシティ?」
 「正登さんは、そういう場所に移り住みたいですか?」
 「いいや。ここは俺の生まれ育った村だ」。・・・

 もちろん、そんな場所に移りたくないという正登をはじめとした村の人たちの気持ちを奮い立たせ、やる気を出させて、ふるさとに賑わいを取り戻すというのがこの本だ。

 そういう人々の気持ちにも、村が生き返る可能性にも目を瞑り、合理的、効率的に考えている役所のバイブルが『撤退の農村計画』や『コンパクトシティ』って本ということだろうか。え〜っ。え〜っ、そんなんじゃないのに・・・。
 まあ、こういう本を書く時に、参考にしてもらえただけでも良しとするか。
 参考文献にはのっていなかったけど、又聞きで書いたのだろうか。


 それはともかく、物語は一時帰省していた金融業界のバリバリのエリート・多岐川優が、どういうわけか田舎の活性化を思いたち、村人を説得して集落営農組織を立ち上げ、直販ルートを開拓してなんとか軌道に乗せる、といったふうに進んでいく。
 ここまではまあ、話半分って感じて読んでいれば面白いのだが、金融業界への復帰を目指す多岐川が、営農組織への置き土産のつもりで外部資本をいれて立派な社屋や施設をつくりだすあたりから、リアリティは希薄になっていく。
 そんな無茶をしたツケが多岐川にまわって、すってんてんになって都会のしがらみから一歩抜け出すというなら自然なのだが、そうはならない。
 どういうわけか、あかねさんをめぐって別の事件がおこり、一気に事業に危機が迫るという展開だ。
 外部の出資者は一斉にお金を引き上げにかかる。美穂と優の土下座も虚しく、ついに優は金融業界で稼いだ2億も投げ打って・・という筋書きで、過大投資した多岐川優の責任は明るみにでることはない。

 まあ、主人公にそんな苦労をさせたら売れないのかな。いまどき。
 それにしても、だ。金融業界のバリバリのエリート・多岐川優が都会から戻ってきて、正登さんの娘・美穂さんとすったもんだの末、結ばれるのは定番のストーリーだが、その美穂さんより若いお水あがりのあかねさんが、正登さんに最初から首ったけというのは、ちょっと無理があると思うのは僻みだろうか。

(おわり)

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限界集落株式会社

ちなみにアマゾンの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と見ると、離島を舞台とした小説『くちびるに歌を』をのぞくと、『日本の田舎は宝の山』や『限界集落』などの専門書が並んでいました。

撤退の農村計画―過疎地域からはじまる戦略的再編

コンパクトシティ―持続可能な社会の都市像を求めて

コンパクトシティの計画とデザイン