アイザック・アシモフ『銀河帝国の興亡』

 半分都市計画に戻るってわけでもないが、計画の話を紹介しよう。

 『銀河帝国の興亡』を、20年ぶりに読んだ。
 これは究極の計画をテーマとした物語だ。
 時は銀河歴1万年?。1千兆人もの人類を擁する銀河帝国が衰亡を迎えていた。このままでは宇宙は混乱と暗黒の3万年に陥ることが避けられない。その時、天才的な歴史心理学者セルダンは、その暗黒期をわずか1000年にとどめるため「セルダン計画」を立案し、その担い手として物理学者を核としたファンデーションを宇宙の果てに設立する。
 1000年の計画!?。そんな無茶なと思われるだろうが、それは違う。一人一人の人間の反応は予測不可能だが、なにしろ1千兆人もいる巨大な社会だ。集団としての反応は正確に、かつ長期に渡って予測できる。
 そんな馬鹿な!と言えるだろうか。今のマクロ経済学も似たようなものだ。彼らもまた、一人一人の反応は分からないが、十分な数がいれば、人間は経済的に合理的な選択をするという仮定のもと、「こうすれば、こうなる」と語っている。1千兆人もいる広大な宇宙なら、一人一人の思惑なんて、吹けば飛ぶようなもの・・・という訳だ。

 もう一つの鍵は原子力だ。銀河帝国の滅亡とともに、その文明を支えた原子力に関する知識が失われ、かつて作られたものが動いていることはあっても、その原理も製造法も分からなくなり、修理すらできなくなっていく。そのなかで、物理学者を中心につくられ、1000年後の銀河帝国の再興を約束されたファンデーションだけが、原子力の知識をもち、またその改良を進めている。
 それが時には原始人にたいする魔法使いのように宗教的権威をファンデーションに与えたり、大航海時代のように宇宙を魅了する商品をファンデーションの冒険商人たちに与えていく。
 『銀河帝国の興亡』は1942年から49年に書かれている。60年経ったいまも、携帯原子炉という発想はないし、原子力は蒸気を介して電気を生んでナンボのものに過ぎないが、ファンデーションでは、ありとあらゆる家庭の器具、ご婦人方を魅了する衣服にまで、携帯原子力が使われている。もちろん医療も原子力だ。
 ここで原子力が未来のキーワードになっていることを笑ってはいけない。
 むしろ、そのような最先端技術が、世の中が混乱すると維持不可能なもの、魔法のようなものになってしまうと考えられている点が凄い。

 だが、残念なことに、『銀河帝国の滅亡』が年代記として書かれているのは第一巻だけだ。集団としての人間の行動は予測可能であり、したがって1000年後の未来も計画しうるという歴史心理学の傲慢に対して、果たしてそうなのかを正面から問うことはない。
 二、三巻は、精神を直接操れるミュータントや、同じく精神を操る技を身につけ、1000年後の陰の支配権の確立を目指す歴史心理学者の末裔(第2ファンデーション)との闘いに話がいってしまう。そのうえ、その闘いは、人間を超えた人間、歴史心理学者の勝利に終わってしまう。集団としての人間の行動は予測可能どころか、ほんの少数のエリートにいともたやすく操られてしまうのだ。
 集団としては運命に従わざるを得ない人間と、その集団としての反応を予測し巧妙に計画することで1000年にわたって社会を導きうるという信念、そしてポイント、ポイントで人の心を操作することで都合良く左右してしまう神のような存在。この世界観は何なんだろう。
 訳者はこれを「人間の自由意志などは虚構にすぎず、すべては盤上の駒のように超経験的な〈神〉によって動かされいる」という決定論だという。アリストテレスの第一動者を引いて解説しているが、どうも感覚的になじめない。
 訳者によれば、キリスト教のような一神教は未来世界には存在しないというのが遠未来SFのお約束なのだそうだが、彼らはやはり、代替品を求めてしまうのだろう。

(おわり)

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